本当のお姫さま
大金持ちになるような気がしている。
そんなはずないのに。
標準的なサラリーマン家庭に育ち、遠い親戚から遺産がころがりこむあてもない。
20歳代はアルバイトや派遣社員で食いつないできた。
30歳をなかば過ぎてから、しょぼい会社に正社員で就職したものの、
先行きは心もとなく、貯金など無いに等しい。
そんなトミコが大金持ちになる理由がどこにあるというのだ。
しょぼい職場環境では、出会う人間たちも輪をかけてしょぼい。
大金持ちに見初められての結婚はもとより、愛人になれそうな気配も皆無だ。
…まぁ、客観的に見れば、ね。

思えば、トミコとつき合ってきた男たちは、ことごとく金運から見放されていた。

22歳のとき、トミコを見初めた芦屋のボンは、景気の良いプレゼント攻勢で
トミコを戸惑わせているうち、ほどなく実家の老舗洋菓子店が傾き、廃業。
「カネ目当てに結婚を早まらなくて良かったね」と周囲からさんざん言われて、
ちょっとイヤな感じだった。

28歳のとき婚約までした男は、大企業に勤めてはいたが、
趣味はパチンコと競馬、毎夜の飲み歩きというつわものだった。
何となく嫌な予感はあったが、婚約もしたことだし、
さて具体的に資産公開してもらおうとしたら、
出るわ出るわ、借金の山。
数十万単位でサラ金各社に借りているのはもちろんのこと、
水道代、新聞代、同僚に数百円のタバコ代まで、総額にしたら
自己破産するような金額ではないものの、こりゃダメだ、と婚約解消。
「借金なんて死んだらチャラやでぇ」と明るく言う男だったが、
「生きている間につじつまを合わせようとするのが人としての務めじゃないのか」と
律儀に考えるトミコには理解できなかった。

今のボーイフレンドとは何でもきっちり割り勘だ。
資産家だった父親が亡くなって多額の相続を受けたはずだが、
「カネはいずれ事業を起こすために使う」と、私生活は万事ケチケチで、
「カネがかかるなら女もいらない」という徹底ぶりだ。
ちぎれそうなベルトや底がめくれた靴を見かねて、トミコの方がプレゼントをしてしまうことも。
「貢いでいるわけじゃないぞ」と自分に言い聞かせながら。
車で2時間近くかけて週に一度は会いに来ては、買い物や料理をしたり、
ベランダガーデニングをマメに手伝ってくれたりするのだが、
「カネ以外のことなら体を使って何でもします」ということのようで…、むむむ。

金銭感覚の合う男を見つけるのは何と至難なことか。
トミコは、金もうけの鉱脈を掘り当てる能力はないが、金銭危機の察知能力は高いのかもしれない。
「大金持ちになりたい」なんて浅ましいこと、考えたこともない。
カネのことなど意識しないで、ぼんやり暮らしていたいとは思う。
金運があるって、そういうことだ。


「エンドウ豆の上に寝たお姫さま」著者:アンデルセン




●最終話:妄想は賢い女の娯楽道
●第二十七話:秘められた人生計画
●第二十六話:若いだけで素晴らしい
●第二十五話:堕ちてくオトコを助けない
●第二十四話:未来は思い出よりも美しい
●第二十三話:終着点を越えて
●第二十二話:品行方正の言い訳
●第二十一話:そういう人になりたい
●第二十話:本当のお姫さま
●第十九話:昔あったかもしれない楽園
●第十八話:愛を仕分ける年末
●第十七話:ステキな小学生を探せ!
●第十六話:初恋はエクスプレス
●第十五話:帰れない観光客
●第十四話:熟女も踊る
●第十三話:あと出しジャンケン
●第十二話:家電ヒストリー
●第十一話:ご長寿アニマルのたくらみ
●第十話:食べるならとことん
●第九話:異邦人は直訳で会話する
●第八話:こだわらない性格
●第七話:白黒つけたい!
●第六話:他力本願はソレだけ
●第五話:冬眠する蝶
●第四話:イタい女
●第三話:サバイバルのことではなく
●第二話:チョイ役の冒険者
●第一話:レモン・ロマン・やせガマン


Storyteller : 高倉アリス

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