
冷凍ご飯を温めようとしたら、電子レンジが壊れてしまった。
昔のテレビのチャンネルみたいに、ツマミ部分をねじり過ぎてちぎり抜いたのだ。
思えばこの電子レンジももう15年。
先代は「スポンジケーキもキレイに焼けます」がうたい文句の
10万円以上もする豪華版だったが、一度もその機能を使わないまま、
8年後に大震災でぶっ壊れた。
ひとり暮らしのシズカにとって、冷蔵庫、パソコン、電子レンジは三種の神器。
もはや「無し」では1日たりとも暮らせない。
今夜遊びに来るトオルのために料理でも作るか、と珍しく張り切っていたのに出鼻をくじかれた。
「というわけで今すぐ電気屋さんに行きます。今夜は外食でいい?」とメールを打つと
「電気屋さんにはお供しましょう」と返信あり。
早めに営業先から抜け出してきたらしく、6時にトオルはいそいそとやって来た。
電気修理工のようなラフな作業着に着替え、
かかとを踏んづけるタイプのズック靴まで履いて張り切っている。
「電気屋に持っていくと処分してくれるから」と、
壊れたレンジをヨイコラショと抱え込んで、地下の駐車場まで運んでくれる。
「あら、手際いいわねえ。おとこ手アーンド運転手がいると便利便利」
先月は台所のながーい蛍光灯が切れたので、やはりトオルの車で買いに走ってもらった。
彼氏が出来ると、こうやって女は依存体質に傾いていくのね…。
一人暮らしが長いシズカは、ゴキブリ退治だって、
パソコンの接続だって、何だって一人でやってきた。
「アタシ出来ないのぅ〜」と甘えて頼る伴侶は居ないし、
自分でやらなきゃしょうがないじゃん。
出来ないことはやらない、不便でもそのまんまにしておく。
ザッツオール!だった。
有名小説家の夫に先立たれた未亡人が、
シズカが勤める図書館に蔵書を寄贈したいと言うので、
立派なお屋敷を訪ねて行ったことがあった。
真夏のことで、締め切った部屋の中はサウナのごとく蒸しあがっていた。
汗だくで蔵書をチェックするシズカに
「ごめんなさいね。冷房のつけ方が分からなくて」と、未亡人。
「何でも主人がやってくれてたもんで、私何も分からなくて…。
これからどうやってひとりで暮らしていけばいいのか、毎日家にこもって泣いてばかりいるの。
主人もこんな私ひとり置いて逝くのは心残りだったと思うわ」
70幾つかの彼女は、少女のごとく長い三つ編みを両肩に垂らし、大汗と涙にくれていた。
あぁそうですかぃ、夫から見ればさぞ可愛い妻だったんでしょうよ。
でもやがて彼女も変わるだろう。
暑けりゃどうすれば涼しくなるか考えるようになるだろうし、
外出するためには留守電の設定の仕方も覚えようとするだろう。
人間だって進化する。
家電の進化に追いつくよう努力するもんだ。
「このレンジ。懐かしいんだよな。昔、あったなあ〜」愛おしそうにトオル。
「同じの、持ってたの?」
「いや…」
え?え?ナニ?どこの家にあったのさ?
…ふーむ、家電には底知れない歴史が潜んでいる。
「恋人たちの予感」 1989年 アメリカ映画
監督:ロブ・ライナー|出演:ビリー・クリスタル/メグ・ライアン
監督:ロブ・ライナー|出演:ビリー・クリスタル/メグ・ライアン

