
エツコは、別れ話を切り出すタイミングを考えていた。
コウイチが幸せの絶頂を感じている瞬間、まさにそのタイミングで切り出したいと思うのだ。
「そう。仕方ないね。」程度のノリで受諾されたんじゃあ、悔しくてたまらない。
「あの別れはきつかった…」と、一生忘れられない刻印をつけて別れなきゃ、この1年半が浮かばれない。
二人の関係が一番盛り上がった時はいつだったろう。
付き合い始めて3ヶ月目、船釣りに出かけた時だったろうか。
車で遠出することを厭わないコウイチは、3時間かけて海沿いの町までエツコを連れ出した。
釣りが初めてのエツコは、10時間も船に乗ったまま沖に居なきゃならないということにドキドキしていた。
「これを着てごらん」
コウイチはエツコのために、ゴム長靴付きの防水サロペットを準備していた。
長靴とパンツのつなぎ目部分のゴムが少し朽ちていた。
「いいじゃないか。似合うよ。」
「これ、女性用?」小さめのエツコの足がぎりぎり入る靴だった。
「兼用…」
おなかの裏地の部分に、
コウイチの苗字がマジックで書かれていた。
優しい美しい文字だった。
酔い止め薬で朦朧としているうちに、海は黒くなっていた。
釣り船が照らす明かりの輪の中で、燈籠みたいにウミネコがたくさん波に浮かんでいた。
白いイカはピラピラと踊りながら、暗い海の中から釣りあがる。
つるんとしたお腹をわしづかみにすると、どくんどくん鼓動が伝わってくる。
出産てこんな感じなのかなあと思った。が、言えなかった。
実際に出産の立合いなんかもさらりと経験していそうな男だった。
船の上でイカの刺身を「あーん」と食べさせあいっこした時、別れ話を切り出すべきだったかしら。
「10時間よくがんばったね!」と、コウイチがうれしそうにエツコを褒め称えた直後だったら、
さすがのコウイチもへこんでくれただろうか。
エツコの身も心も痛むその半分も、男のコウイチは感じないはずだから。
自分の痛みが倍増しようとも、コウイチにはとことん痛がってもらうべく、一心不乱にプランを練る。
「隣の女」 1981年 フランス映画
監督:フランソワ・トリュフォー|出演:ジェラール・ドパルデュー/ファニー・アルダン
監督:フランソワ・トリュフォー|出演:ジェラール・ドパルデュー/ファニー・アルダン

