初恋はエクスプレス
ホームで電車を待っていると、前方に回り込んでタマコの顔をニヤニヤ眺める男がいた。
さりげなく無視しようとすると「おいおい、俺や俺や」
強引な変態か?
「俺や、高校の時おんなじクラスやったアサイや」
名前を言われてもピンとこない。
卒業から10数年経過して記憶が遠くなっていたという以前に、
会話したこともほとんどないクラスメイトだった。
科学部だか化学部だかに入っていて、数学の問題なんか軽やかに解きまくってて、
早口で落ち着きの無い感じの…、
一度もその存在を思い出したことはないが、そういえばそんな人がいたような…。
「ずっとここらへんに住んでたん?」
「おぅ。大学も勤め先も自宅からや」
「こないだの地震、大丈夫やった?どうしてたん?」
「家はなんとも。ガチ割れた頭、ぎょうさん縫うとったわ」
アサイは外科医になっていた。

夜、電話がかかってくる。
「今何してんの?」
「さっき帰ってきて、桃食べてるとこ」
「桃か。食いたいな。行くわ」
アサイは15分もたたないうちに隣町からやって来る。
「車どこにとめたん?」
「マンションの前」
「こんな野蛮なマンションの前にベンツなんかとめてたら危ないで」
「ええねん。桃食べたらすぐ帰るし」
本当に桃を2個たいらげると、10分もしないうちに帰っていった。

休日の昼間に電話がかかってくる。
「何してるのん?」
「友達が3人来てて、ランチパーティー始めるとこ」
「ほなメシあるねんな。行くわ」
「ええっ?」
興味津々の3人の女性たちと適当に会話しながら、食べ散らかし、
その場でゴロンと眠ったかと思うと、パタと起き上がり、帰っていく。
30分も居なかった。

「何してた?」
「寝てた。今何時?」
「2時。夜勤やねん」
「ふうん。お疲れさま」
「あ、また救急車来たわ。ほな切るで」

「何してる?」
「テレビ見てた。今からお風呂入って寝るねんけど」
「風呂入りたいな。行くわ」
やはりカラスの行水で…。

「ERやってるから性格もあわただしくなるのん?」
「普通やで」
「お医者さん向いてたんやねえ。病人相手の仕事、面白いの?」
「手術するのんはおもろいで。何であんなに病人だらけなんやろな」
「アサイ君は病気になったことなさそうやね」
「ない」
「そんな感じやわ」

何ヶ月かして、いつの間にかアサイの気配が消えていることに気づいた。
「ランチに割り込んできたあのお医者さん、高校の時タマコのこと好きやったんちゃう?」
「まさかぁ。愛情とか同情とか人間的な感情とは無縁な人やと思うわ」
言い切ってから、少し考えた…
― ガンて、うつるのかもしれへんなぁ。
― え?感染するってこと?そうなん?
― いや。何となく、何でかそんな気がしてしまうことあるんや。
…アサイの感情というものについて。

特急が、にぎやかに風を巻き上げてホームを通り過ぎていった。
速すぎて…、ようく見えなかったのだ。
ちゃんと止まって扉を開けてくれないと、乗るヒマもありゃしない。
タマコは次の普通を待つ。


「華麗なるギャツビー」1974年 アメリカ
監督:ジャック・クレイトン 出演:ロバート・レッドフォード/ミア・ファロー




●最終話:妄想は賢い女の娯楽道
●第二十七話:秘められた人生計画
●第二十六話:若いだけで素晴らしい
●第二十五話:堕ちてくオトコを助けない
●第二十四話:未来は思い出よりも美しい
●第二十三話:終着点を越えて
●第二十二話:品行方正の言い訳
●第二十一話:そういう人になりたい
●第二十話:本当のお姫さま
●第十九話:昔あったかもしれない楽園
●第十八話:愛を仕分ける年末
●第十七話:ステキな小学生を探せ!
●第十六話:初恋はエクスプレス
●第十五話:帰れない観光客
●第十四話:熟女も踊る
●第十三話:あと出しジャンケン
●第十二話:家電ヒストリー
●第十一話:ご長寿アニマルのたくらみ
●第十話:食べるならとことん
●第九話:異邦人は直訳で会話する
●第八話:こだわらない性格
●第七話:白黒つけたい!
●第六話:他力本願はソレだけ
●第五話:冬眠する蝶
●第四話:イタい女
●第三話:サバイバルのことではなく
●第二話:チョイ役の冒険者
●第一話:レモン・ロマン・やせガマン


Storyteller : 高倉アリス

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