ステキなひとにあいました

特別な職業ではない。特別変わった経歴でもない。
「生まれてから長いOL生活の現在まで同じ場所で平凡に暮らす」
と自らプロフィールに記すように、堀場園子さんは私たちと変わらない、
きさくで笑顔が魅力的な女性だ。
堀場さんは今、大きな病気と向き合っている。
彼女の身に起こった事は、明日、私たちの身に“普通に”起こる事かも知れない。
「病気との向き合い方」を堀場さんにうかがった。

■甘え下手のがんばり屋

名古屋に堀場さんを訪ねたのは11月。
きゃしゃな体にすっと伸びた背筋。真っ青な秋空にも負けないブルーのチェニック姿で
堀場さんは颯爽と現れた。
緊張していると言いながらもニコニコと笑顔を絶やさない。

『私なんかで本当に良いのでしょうか』

謙虚な言葉の中に、誠実に暮らしてきた大人の女性のキャリアを感じる。

堀場さんは愛知県北名古屋市に、両親、祖母、姉の5人家族の次女として生まれた。
最初の人生の転機は中学3年生の時。
高校受験を控えたこの年、突然父が脳溢血で倒れ、その2日後に帰らぬ人となる。
同年、息子を失った心労か祖母も後を追うように亡くなり、5人家族は急に3人になった。

『少し前から母が働き始めていたので経済的に困窮はしませんでしたが、自分の事は自分
 で責任をもって行動しなさいと言われるようになりました』

幼い頃はお母さん子だったという堀場さん。
しかし、女3人、それぞれが自立しないといけない環境になり、
自分の人生は自分でどうにかしなくてはと強く思ったという。

『今思うと母が一番辛かったでしょう。深くは分かりませんでしたが、子供ながらに母の
 必死さは感じたんでしょうね。だから10代の頃にはもう甘えられなくて。今も甘える
 ってどういうこと?って感じです』

こうして堀場さんは“しっかり者”として成長していく。

■人生最大の転機

堀場さんのストレス発散は運動だった。
中学時代からテニス部に所属し、会社では硬式テニス部でマネージャーも兼務。
さらに別のサークルでゴルフ。仕事と運動。
しっかり者はどちらもきっちりこなすが、それは苦にならず、むしろこの2つで日常のバランスを上手に取っていた。

しかし、仕事の都合でぽっかりと運動の「空洞期」が来る。
体を動かさなくなって初めて経験する体の凝りと張り。
マッサージの先生に薦められたのが
「水の運動=アクアエクササイズ」だった。

『水泳はいいよって。それでスポーツクラブに入って
 泳ぎ始めたんです。せっかく入会したのでマシン
 トレーニングやエアロビクスも始めました。
 ここでアクアビクスにも出会って、
 興味本位で始めたらすっごく良かったんです。
 肩凝りがとれたし、筋肉もついて。
 ジムで黙々とやるよりずっと効率良いって思いましたね』

長年運動に親しんでいたからこそ、水中運動の良さをより実感できたのだろう。
堀場さんはすぐアクアエクササイズに夢中になった。
優秀なインストラクターや新しい友人との出会い。
レッスン後の交流。オシャレなウェア選び。
アクアエクササイズは、スポーツクラブの楽しみ方を何倍にもしてくれた。
そして、運動が体のためだけでなく、心身のバランスを取ることも再確認した。

2011年3月。
充実した生活を送っていた堀場さんに、再び大きな転機が訪れる。

年度末に向かって仕事は大忙し。
しかも唯一の女性同僚が3月末で急に退社することになり、
彼女の分も堀場さんが背負わねばならなくなった。
さらに会社の引越しまで重なって休めない日が続く。
もちろん運動にも行けない。
ストレスの渦中で3ヶ月、堀場さんはひたすら頑張り続けた。

やっと一息ついた今年6月。会社で健康診断が行われた。
春秋2回の恒例行事。運動もしているし健康への不安など何もない。
いつものように淡々と終わるはずだった。
しかし・・。

別室に呼ばれて見せられたレントゲンの画像。
去年と今年。素人の自分が見ても明らかにわかる違いがあった。
「明日にでも検査に行って下さい」

病名はなかなか確定せず検査の日々が続く。
そして告げられた病名は — 肺腺がん — 

“ガン”その響きは重い。
あまりにも良く知られているのに、どこか他人事のような遠さで眺めている病気。
それは堀場さんとて同じだった。

『え?って・・。聞き間違いか、何かの間違いではないかと。
 自分には一番縁遠いものだと思っていましたから。とにかくびっくりでした。
 毎年健康診断も受けているのに1年でこんなに変わるものなの?と。』

先生を質問攻めにもしたが、画像を見せられると納得せざるを得ない。
衝撃が大きすぎて一瞬放心状態になったと言う。
しかし、すぐ次に考えたのは「母親に何と言うか」だった。

『心配して姉がついて来てくれていたので、帰り道に喫茶店で相談しました。』

慌てるのではなく次のステップを考えていた。
親のこと、仕事のこと。
自分の体を心配する前に、自分が何をすべきかを考えてしまう。
大変な時こそ自分がしっかりしなければ、と
常に言い聞かせて生きてきた堀場さんのクセ。
人生の一大事にも彼女は甘えを自分に許さなかった。
告知後の数日間、堀場さんは会社で引き継ぎリストの
作成に全力を注いだ。
体を心配し、病気の事を懸命に調べていたのはお姉さんだった。

『今振り返ると、何であんなに冷静にいられたんだろうって
 思いますけれど』

自覚症状はなかった。それでも治療は始まった。
手術はせず抗がん剤を投与する薬物治療。副作用もある。
病気と無縁だった自分がこんな事になるなんて、と気分が沈んだ事もある。

『でもね。お医者さんが驚くほど経過がいいんです。それを聞くと、自分も前向きに
 ならなきゃと思って』

病気になんか負けたくない。
どうしたら良い状態になるか。楽になるか。堀場さんは積極的にガンに向き合っていく決心をする。

『一時は私も病気の事をネットで調べたりしたんですが、ある時「もういいや、余計なこと
 は考えないでおこう」と思いました。だって、書いてあるのは私の体のことじゃないから』

良いと思われることは出来限り実行している。
水素水を飲む。果物と野菜のジュースを毎朝作って飲む。玄米食にする。有機野菜を多く摂る。
「フコイダン」という健康食品も試している。
病気に効くと勧められたものは納得の上でトライしていこうと思っている。

激しい運動は出来ないが、運動が出来ないと思う事が
ストレスにならないようストレッチも欠かさない。
天気が良い時には散歩。見慣れたはずの街の知らない顔を見つけたりする。
小誌連載の田村憲一さんの記事を読んで「温浴法」も実践して下さっていると言う。

『ストレスを溜めちゃいけないですから。出来る範囲で、楽しみながら』

大好きなアクアエクササイズが出来ない事を残念に思う事もある。
陸上での激しい運動は無理でも、水ならば療養生活で落ちてしまった筋肉をサポートしてくれる。
プールの中を歩くだけでも無理なくリハビリになることも知っている。
でも、状況はそれを許してはくれない。

『出られるレッスンがないんです。それに、人目も気になりますし、ね』

元気な時には燃焼系のレッスンを好んでいたが、今はリカバリーやコンディショニング系など
幅広いレッスンがスポーツクラブにない事が気になる。
薬の副作用があるため、着替えの際に簡単でいいから個室があればとも思う。

堀場さんも愛読して下さっているアクアファンタジスタ・田村さんの会社は名古屋が本社。
今回、同社インストラクター北原正生さんにお出で頂き、堀場さんの意見をお伝えする事が出来た。
北原さんからはプロの視点からのアドバイスを頂いた。


☆アクア アドバイス
部屋の環境に湿度を与えてあげてもいいかもしれませんね。
人間の身体は6割が水です。花瓶と同じように身体も新しい水に入れ替え、補給してあげなければいけません。
成人の水分摂取の目安はおよそ2リットル。水分が身体からでていくときは尿、運動したときにかく汗だけではありません。運動時だけじゃなく寝ているときにも汗をかきますし、息を吐く(呼気)だけでも水分は身体から外に出ていきます。
でも、1日に水をたくさん飲むって結構大変ですよね。なので、口から摂取しきれない分を湿度として空気中から摂取してあげることを考えてもいいかもしれません。
特に、寒い季節は部屋の湿度を高め乾燥を防ぐことで風邪のウイルスなどの繁殖を抑えることもできます。ただ、湿度を高く設定しすぎると、ダニやカビの繁殖が活性化されてしまうそうですので、この点は注意が必要です。ウイルスとダニ•カビが繁殖しにくい理想の湿度設定は50%前後。湿度をずっと保とうとして密室も駄目です。換気も忘れずに行ってくださいね。
湿度と上手に付き合うと、身体に常に新しいエネルギーを供給しながら、風邪予防とダニ•カビの繁殖を抑えることもできるかもしれませんので、試してみてください。

指導:北原正生さん
株式会社ハマカイダTHF公認アクアエクササイズインストラクター
株式会社K&E公認アクアエクササイズインストラクター

『私のレッスンに耳の不自由な方がご参加下さっていました。
 いつも楽しそうにきちんと動かれていたので恥ずかしながら
 最初は気づきませんでしたが、この事を知ってからは
 「どのような方が参加していてもわかり易いレッスン」を心掛けています。
 指示も掛け声だけでなく出来るだけ体を使って、耳からも目からも
 サインがわかるよう自分なりに工夫しています』


■今を楽しむ

「本当に自分はガンなのか」今もどこかでその思いは拭えない。
しかし、治療を受け体調の変化を感じる時、現実を受け入れざるを得ない。

『私だって落ち込む事はあります。その時、支えになってくれたのは家族、そして友人で
 した。本当に感謝しています。
 病気は、家族と友達のありがたさをあらためて私に教えてくれました』

病気になって見えて来ることはたくさんあった。
「自分の話でも何かの役に立つなら」
その思いが今回のインタビューにもつながった。

『それにね、せっかく頂いた機会を楽しもうと思って。メイクどうしよう、何を着ようかって。
 ドキドキもあったけれど、楽しい気持ちでいることも“自分で出来る治療”ですから』

病気は自分の体の中にある。自分が暗くなっていては治るものも治らない。
出来るだけポジティブにいた方が体にいいはず。その信念を胸に堀場さんは今日も笑顔だ。

一生懸命働いてきた堀場さんには有給休暇がかなり残っていた。
遡って休みをカウント出来るシステムが会社にあることも彼女に幸いした。

『ありがたいなって思います。周囲も“これはカミサマがくれた休暇だよ”って言ってくれて。今は、有給休暇に甘えています(笑)』

誠実に生きてきた女性に突如として舞い込んだ大きな病気。
人はそれを不幸と呼ぶかもしれない。
しかし、幸せも不幸も自分が決める事。堀場さんは「普通に考えたら不幸」なことも、
しなやかに受け止め、「普通に暮らしていた幸せ」を噛みしめ、「今ある幸せ」を丁寧に拾い上げている。

誰を責めもせず、誰に誇る事もしない。この非日常も自分の日常だから。
感謝と共に今を楽しく暮らすこと。それが、堀場さんの病気との付き合い方だ。

頑張るけれど頑なでなく。甘えるのは苦手だけれど自分らしく。
そんな、頑張り屋の甘え下手。
人には甘えられなくても、せめてこの時間にはゆっくり甘えて欲しいと願ってやまない。



堀場園子さん SONOKO HORIBA

出身:愛知県
趣味:お花・アクアダンス
生まれてから長いOL生活の現在まで同じ場所で平凡に暮らす。 5ヶ月前、会社の健康診断で異常が見つかりただ今長期療養中。
ブログ:http://sugao.jimab.net
Twitter:sonnsono


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15:今を輝く 堀場園子さん
14:和妻師 北見翼さん
13:川崎市岡本太郎美術館 館長/村田慶之輔さん
12:八百屋 瑞花店主/矢嶋文子さん
11:舞踊家・アーティスト/はんなさん
10:画家/鰐渕優子さん
09:水中カメラマン/中川隆さん
08:創作ビーズ織り作家/佐古孝子さん
07:コナ・ディープ(ボトルドウォーター)
06:ミュージシャン/ヨーコさん
05:オルガヘキサ/相田英文さん
04:絵師/よしだみよこさん
03:一級建築士/嶋基久子さん
02:ニードルフェルティスト/華梨(かりん)さん
01:公認バース・エデュケーター/飯村ブレットさん